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名古屋地方裁判所 平成7年(ワ)2675号 判決 1995年11月21日

主文

一  原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

二  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、金四〇万円及びこれに対する平成七年七月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告(反訴原告)のその余の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、原告(反訴被告)の負担とする。

五  この判決は、被告(反訴原告)勝訴部分に限り仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】 第一 請求

(本訴)

被告(反訴原告、以下単に「被告」)は原告(反訴被告、以下単に「原告」)に対し、金二七七万円及びこれに対する平成七年一月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(反訴)

原告は被告に対し、金五九万円及びこれに対する平成七年七月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二 事案

一  事案の概要

本件は、飼料・食料の卸売などを目的とする株式会社である原告が、漢方薬などの輸入・販売などを目的とする株式会社である被告との間に、二度にわたってプランタゴオバタ合計一一トンを売渡す旨の契約が成立したのに、被告が目的物の受領を拒絶して受渡場所の指図を行わなかったため右契約がいずれも解除されたものとみなされ、原告に二七七万円の損害が生じたとしてその賠償を求めた(本訴)のに対し、被告が、原告の本訴提起は右売買契約が成立していないことを知りながらこれを提起した不当訴訟であるとして、不法行為を根拠に弁護士費用等の損害の賠償を求めた(反訴)ものである。

二  争いのない事実等

1  原告は飼料・食料の卸売などを目的とする株式会社であり、被告は漢方薬などの輸入・販売などを目的とする株式会社である。

2  原告と被告は平成六年九月まで互いに取引のない会社であったが、平成六年九月二日原告から被告に取引の勧誘の封書が届き、その後原告から電話で、ハトムギ・決明子の取引の申出がなされ、一〇月初めころの電話での商談中、「プランタゴオバタも扱っている。」という話が原告から出た。

3  原告は被告に平成六年一一月八日及び同年一二月六日の二回、主張の各売買契約の目的物の受渡場所の指図を求めたのに対し、被告はそのいずれについても目的物の受領を拒絶し受渡場所の指図を行わなかった。

第三 争点

一  売買契約の存否

(原告の主張)

1  平成六年一〇月二六日、被告から原告に対し、プランタゴオバタ(九八パーセント物)六トンを、空輸で一キログラム当たり九五〇円、同年一一月一五日まで搭載の条件で買い受けたい旨の電話注文があり、原告は輸入元のインド側と交渉の上、翌二七日、空輸便ないし船便をシッパーが選択するという条件で原告被告間に合意が成立し、右プランタゴオバタ(九八パーセント物)六トンについて売買契約が成立した(本件売買契約一)。

2  原告代表者は同年一一月一日、被告を挨拶がてら訪問して本件売買契約一の締結を再確認したが、その際被告から本件売買契約一について値引きの話が出た。原告代表者はこれに応じるとともに、同年一一月一〇日まで渡しで九五パーセント物五トンを買い受けたい旨の追加注文を更に被告から受けた。

そこで原告は納入可能か確認の上、翌二日納入の確認の通知をし、被告も注文を再確認して右プランタゴオバタ(九五パーセント物)五トンについて売買契約が成立した(本件売買契約二)。そこで原告は被告に、本件売買契約一及び二の売買確認書を送付した。

3  その後原告は同年一一月八日、ファックスで追加注文分の発送先の連絡を求めると共に、契約は原告被告間で成立済みで引取りの責任は被告にあることの確認を求めたが被告から発送先の連絡がなかったので、原告が被告に翌九日電話で再度発送先を連絡するよう求めたところ、被告は書面で回答すると答えたがやはり連絡はなかった。更に原告は被告にファックスで発送先を連絡するよう求めたが、追加注文分の受渡日である翌一〇日になっても依然荷渡指図がなかった。

そのため原告が契約は解除された旨ファックスで通知したところ、被告は同年一一月一〇日付け書面により、追加注文分は売買が成立していないのに原告が一方的に売買確認書を送付したものであるとして、受領済みの売買確認書を二通とも返送してきたものである。

4  以上から明らかなように、本件売買契約一は平成六年一〇月二七日に、本件売買契約二は同年一一月二日にそれぞれ成立している。

(被告の主張)

1  原告との一〇月初めころの電話での商談中、たまたま「プランタゴオバタも扱っている。」という話があり、同年一〇月七日原告代表者から被告代表者に電話がなされ、その中でまたプランタゴオバタの話が出て「プランタゴオバタは空輸の場合キロ九五〇円、船便だと六〇〇円ないし五五〇円」とのことであった。しかしそのころ買付先のインドでペスト騒動があり、被告代表者は商品に不安が大きいことや一〇月中の納期もあてにできないと判断されたことから、購入する意思は全くなく、本件売買契約一についての合意が成立した事実はない。

2  原告代表者は平成六年一一月一日、ハトムギ等一七の見積書と現物を持参して被告方を訪れセールスをしたが、その際原告代表者が被告代表者に、業者仲間がプランタゴオバタ九五パーセント物を五トン港に持っている、納期が二週間以上だと告げたのに対し、被告代表者が当社はいらないが知り合いの会社が買うか聞いてみようといったことはある。その後被告代表者が訴外株式会社ジェムコに電話したところ、納期が一一月一〇日までなら買うことを検討してもよいとの話であったので翌一一月二日電話で原告代表者にその旨伝えると、原告代表者は一一月一〇日では無理だと返答した。そのため被告代表者は、右五トンについての話は終わったものと理解した。

それなのに原告が平成六年一一月四日ないし五日ころ、突然被告の購入意思も確認しないで確認書(甲一、甲二)を送付してきたに過ぎない。

このように本件売買契約一も本件売買契約二も成立していない。

二 争点二 本件売買契約一、二の解約により原告に生じた損害はいくらか。

(原告の主張)

本件売買契約一、二の締結後、プランタゴオバタは値下がりし、現在、九八パーセント物は一キログラム当たりせいぜい三八〇円、九五パーセント物は同三四〇円に過ぎず、原告は、右各契約の解除により、合計二七七万円の損害を被った。

三 争点三 本訴提起は、不当訴訟として不法行為に当たるか。

(被告の主張)

原告の本訴提起は、原告が主張する権利または法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、原告がそのことを知りながら、または通常人であれば容易にそのことを知りえたのにあえて提起したもので、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合であり、原告は被告に対し不当訴訟による損害賠償義務を負担すべきである。

四 争点四 本訴提起が不法行為であるとするとき、右により被告が受けた損害額はいくらか。

(被告の主張)

被告は原告からの不当訴訟に応訴するため被告訴訟代理人に訴訟追行を委任し、着手金として二〇万円を支払い、報酬として三〇万円を支払う旨約した。

また被告は被告訴訟代理人に、平成七年五月一六日及び同年七月一二日のそれぞれの名古屋地方裁判所における口頭弁論期日に出頭するための旅費日当として、合計九万円を支払った。

右総計五九万円は、原告による不当訴訟提起と相当因果関係のある損害である。

第四 当裁判所の判断

一  認定事実

《証拠略》及び争いのない事実によれば、次の事実が認められる。

1  原告と被告とは従前商取引をしたことはなかったところ、平成六年九月二日原告から被告に取引の勧誘の封書が送付された。その後原告代表者から被告代表者に、ハトムギ・決明子の取引の申出があったが、一〇月初めころの電話での商談中、原告代表者から被告代表者に「プランタゴオバタも扱っている。」という話がなされた(前記第二、二2)。

2  同年一〇月七日、原告代表者から被告代表者に電話がなされたが、その中でプランタゴオバタの話が出て「プランタゴオバタは空輸の場合キロ九五〇円、船便だと六〇〇円ないし五五〇円」との値段が伝えられ、一時被告代表者は原告からプランタゴオバタを購入することを考えた。

しかし右と前後して、買付先とされるインドでペスト騒動があり、原告から被告代表者のもとに、その模様を伝えるファックスが一〇月五日、七日、二六日に届いたため、被告代表者は、買付先でこのような騒動が起きていることから、商品に不安が大きいし一〇月中の納期も不確定であると判断し、購入する意思を失った。

3  平成六年一〇月二七日と同月三一日、原告代表者は被告に同年一一月一日に被告方を訪れたい旨連絡し、同日原告代表者がハトムギ等の見積書と現物を持参して被告にセールスした。

その中で原告代表者は被告代表者に、業者仲間がプランタゴオバタ九五パーセント物を五トン港に持っているといい、納期が二週間以上かかることを告げた。被告代表者は、当社はいらないが、知り合いの会社が買うか聞いてみようと告げた。

4  その後被告が訴外株式会社ジェムコに電話したところ、納期が一一月一〇日までなら買うことを検討してもよいとの話であったので、翌一一月二日原告代表者に伝えると、原告代表者は一一月一〇日では無理だと答えたので、被告代表者はそれ以上売買の話をしなかった。

5  原告代表者本人の供述及び原告代表者作成の陳述書である甲第三二号証中には、被告代表者とプランタゴオバタ購入についての交渉の結果、平成六年一〇月二六日、一一月一五日までに搭載するとの条件で、六トンのプランタゴオバタ九八パーセント物を一キログラム当たり九五〇円で引き受ける旨の電話連絡があり、原告は輸入元であるインド側に、遅くとも一一月一五日までに航空便に搭載するとの条件を了承したこととL/Cを開設する旨をファックスで連絡したが、インド側から一一月二〇日までに空輸便か船便かシッパーの見解で出荷するという条件であれば、空輸便の場合はトン当たり四九七五米ドル、船便の場合はトン当たり三一〇〇米ドルで引き受けるとの連絡があり、翌二七日原告代表者が被告代表者にその旨連絡したところ、被告代表者との間で空輸便の場合は一キログラム当たり九五〇円、船便の場合は一キログラム当たり六二〇円で一一月二〇日までに空輸あるいは船便のシッパー選択条件で売り渡すとの合意が成立した、更に同年一〇月三一日インド側から原告に連絡があり、原告代表者がその内容から船便の方がよいと判断し、被告代表者に船便で輸送する了解を求めて一二月中旬までには納入することを約束した、原告代表者が右取引成立の挨拶をかねて売買確認書(甲三三)を持参して被告を平成六年一一月一日訪問した際、被告代表者から右取引価格について値引きの話があり、初回取引であったため一キログラムあたり六〇〇円に値引きすることを了承した、更に被告代表者からプランタゴオバタを追加注文したいが平成六年一一月一〇日までに積み込みできるかと聞かれ、調査して返事すると回答し、翌二日税関等で確認した結果一一月一〇日までに積み込み可能であることが判明したため、直ちに被告代表者に架電し、被告代表者も注文を再確認して契約が成立したので、右の事実を確認する甲第三号証のファックス文書を送信するとともに、右の本件売買契約一の成立確認のため甲一の売買契約書を作り直し、更に甲二の売買確認書を作成して送付したとする部分がある。

6  しかしながら、

ア 平成六年一〇月二六日に原告から被告にファックス送信された、インドの輸出元から原告が同日受領したファックス文書によると、インド側はそれまでインドで発生していたペスト騒ぎに関連して「大変残念ながら我々は引き受けることができない。日本向けのプランタゴオバタ二〇トンの昨日の空輸が拒絶されました。日本向けの貨物が、シンガポール空港で空輸ができない状況です。航空会社の職員に納得させることができず、例え一一月一〇日までに空輸することさえも保証の責任が持てないといっている。製造業者の我々の供給者はプランタゴオバタの多くの引合いを持っている。かような状況ですから誠に相済みません。我々は全く失礼を致しました。」と記載されている。原告代表者はその後インド側から再度連絡があり輸出可能になった旨を告げたところ、被告代表者は売買について合意した旨供述しているが、このような騒動が起きている状況において一定の納期が示されたからといって、直ちに被告代表者が容易に購入する意思を有するようになるとは思われず、原告代表者の右供述は不自然であること、

イ 平成六年一〇月三一日、原告から被告に宛て一一月一日に訪問するのでよろしくお願いします旨のファックス文書が送信されたが、その際、もし本件売買契約一が成立していれば、原告と被告は初回取引であり、当然そのことについて原告は被告に礼を述べるなりしてしかるべきと思われるのに、右文書にはその記載がなく不自然であること、

ウ 本件売買契約一に関し、当初作成された売買確認書控えである甲第三三号証について、当法廷で原本の右売買確認書控えの綴りを確認した際に、書き損じであるとする平成六年一〇月二七日付けの被告への売買確認書反古、甲第三三号証(平成六年一〇月二七日付け)、甲第一号証の控え(同日付け)、平成六年一〇月二九日付けの事件外の売買確認書控えが順次綴られていたところ、原告代表者の供述によれば平成六年一一月二日に作成されたはずの甲第一号証が一〇月二九日付けの売買確認書の前に綴られている理由について当裁判所が原告代表者に質問したのに対し、原告代表者は当初答えることができず的外れの回答をしたに止まり、ようやく原告代理人の誘導尋問によって、売買確認書は日記帳に記載してあるものを転記して作成するので、休みや仕事の関係で日記帳から売買確認書を作成するのに間があくことがあるとつじつまを合わせたかのような答えをするに至ったが、右をもってしても一〇月二九日に成立した売買についての確認書が四日以上も相手方に送付されることなく放置されていたとは取引の通常において考えがたい上、右が真実であれば、質問に応じてその理由を即答できるはずであるところ、それができなかった原告代表者の供述態度に照らし、原告代表者の右供述はたやすく信用できず、右書証の成立については疑いが残ること、

エ 原告代表者が右取引経過において被告代表者と電話で連絡をしたという九月二七日、九月二八日、一〇月五日、一〇月二〇日、一〇月二一日について、いずれも被告代表者はその日、被告事務所にいなかったか、連絡がとれない状況になっていたところ、これらについて原告代表者は、輸入元であるインドとの時差の関係で日がずれたり、あるいは被告代表者から折り返し電話を受けたことがあるためであると供述しているが、時差の影響といっても三時間ほどでありさほどのものとは思われず、そのようなことが五回もあるのは不自然であり、また折り返し電話を受けたとする点についても、原告の主張及び原告代表者の陳述書(甲三二)においても、原告側から連絡したと明記されており、右の弁解はたやすく信用できないこと、

などから原告代表者の供述ないし甲第三二号証中の右の部分はたやすく信用し難い。その他、原告の主張に沿うかのようなファックス文書である甲第三号証も、原告主張日時に被告に宛てて発信されたものとの確証はなく、たやすく信用することができない。

7  これに対し前記認定に沿う被告代表者の供述及び供述態度には、原告代理人の反対尋問や当裁判所の補充尋問によっても終始不自然な点が認められず、信用するに足りるものと認められる。

二  争点一について

右一1ないし4認定によれば、本件売買契約一、二の合意が成立しているとは認められない。

よって争点二について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。

三  争点三について

右一認定によれば、原告代表者は、本件売買契約一、二が成立していないことを知悉しているものと認められ、原告代表者による本訴提起は原告が主張する権利または法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであり、原告がそのことを知りながらあえて提起したものと推認すべきものであるから、原告の本訴提起は裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き、被告に対する不法行為に当たるものとして、原告は被告に対し、右による損害を賠償すべき義務を負うというべきである。

四  争点四について

被告が新潟市に本店を置く株式会社であること、被告が本訴に応訴するため新潟弁護士会に所属する被告訴訟代理人に本訴追行を委任したことは、本件記録上明らかであり、《証拠略》によれば、第三、四(被告の主張)のとおり被告訴訟代理人と本訴についての委任契約を締結していることが認められ、右事実に本訴の審理経過、訴額等を斟酌すれば、被告が負担する弁護士費用五〇万円(着手金、報酬)のうち四〇万円は、原告の本訴提起と相当因果関係があるものとして原告に賠償責任を負わせるのが相当である。

なお被告は二回の口頭弁論期日に出頭した際の旅費、日当も請求しているが、右は民事訴訟費用等に関する法律において負担が定められるものであるから、損害賠償請求の対象にはならないというべきである。

五  以上によれば、原告の本訴請求は理由がなく、被告の反訴請求は金四〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成七年七月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 桜林正己)

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